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大阪地方裁判所 昭和32年(行)65号 判決 1965年2月27日

大阪市生野区中川町三丁目二九番地

原告

山崎造機株式会社

右代表者清算人

伊藤光夫

右訴訟代理人弁護士

野村清美

岸本亮

森岡繁次

銀島美智子

弁護士野村清美訴訟復代理人弁護士

仲森久司

大阪市生野区猪飼野中八丁目七番地

被告

生野税務署長

森岡市太郎

右指定代理人

叶和夫

福永三郎

松谷実

戸上昌則

右当事者間の行政処分取消請求事件について当裁判所は昭和三九年一二月四日に終結した口頭弁論に基き次のとおり判決する

主文

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一、当事者双方が求めた裁判

原告

「1 被告が昭和三一年九月一〇日原告の昭和三〇年三月一日から昭和三一年二月二九日までの事業年度分法人税について、所得金額を金九五万八九〇〇円、法人税額を金三六万六四〇円としてした更正決定は無効であることを確認する。

2 訴訟費用は被告の負担とする。」

との判決。

被告

「1 原告の請求を棄却する。

2 訴訟費用は原告の負担とする。」

との判決。

第二、当事者双方の主張

原告

(請求原因)

一、原告は被告に対し原告の昭和三〇年三月一日から昭和三一年二月二九日までの事業年度(以下本件事業年度という。)分法人税について課税所得金額を欠損金額八六一万四一九七円として確定申告をした。ところが被告は昭和三一年九月一〇日、本件事業年度分法人税について所得金額を九五万八九〇〇円、法人税額を金三六万〇六四〇円とする更正決定をし、同日附の通知書で原告に通知した。

二、しかし、被告がした右更正決定には次のような重大、明白なかしがあり当然無効である。すなわち、

1 原告会社は昭和二九年一〇月一五日訴外日本耐火建材株式会社からの受取手形が不渡りとなつたことから支払手形を不渡りとして事実上倒産した。そして同年一一月二七日原告会社の債権者から選任された債権者委員会が原告会社の工場を閉鎖し、そのため原告会社はその営業を廃止し従業員も皆無となつた。又原告会社のほとんどの機械器具は訴外保田常一がその有する債権の代物弁済として取得し、わずかに残存したポンテイングシヤー部品も債権者委員会が処分してしまつた。

その結果原告会社は本件事業年度においては全く事業活動をしておらず従業員や資産も皆無であり従つて収益も皆無でこのように全く実体のない原告会社に所得ありとしてなした被告の本件更正決定は明白な誤認に基くものであつて違法であり、その違法は重大且つ明白なものというべきである。

2 原告会社が本件事業年度中に訴外有限会社山崎鉄工所から受領した九二万九〇五九円をたまたま帳簿上原告会社の工場設備の賃貸料として利益金に計上したとしても、右金員は法人税基本通達二四七にいわゆる「私財提供益」であり、仮にそうでないとしても民法上いわゆる「負担附贈与金」であり税法上の所得でないことは明らかである。すなわち、訴外有限会社山崎鉄工所は原告会社の一般債権者が、原告会社の工場設備を利用して営業をし、原告会社の旧債を支払う目的で設立したいわゆる第二会社であつたが、同有限会社が使用していた工場設備、機械器具について原告会社の滞納国税、府税、健康保険料などのため公売処分を受けその目的を達することができなくなる危険があつたので、右滞納国税などの支払いに充当するため本件事業年度中合計九二万九〇五九円を原告会社に交付し原告会社はこれを滞納国税その他の支払いに充てた。従つて右九二万九〇五九円は訴外会社が原告会社の債務整理のために提供した金員であつて賃貸料でないことは明白であり、税法上原告の所得とならないものであるにも拘らず、これを原告の所得と誤認してした被告の本件更正決定には重大・明白なかしがある。

3 本件更正決定は、前記のように原告の昭和三〇年三月一日から昭和三一年二月二九日までの事業年度についてなされたものであるが、昭和三一年九月一〇日附でなされた被告の更正決定通知書には事業年度の始期を「昭和三〇年四月一日」と記載されており、かゝる通知は適正な賦課事業年度の記載を欠く違法な通知であるというべきであり、かゝる違法な通知によつてなされた本件更正決定には重大・明白なかしがある。

被告

(請求原因に対する答弁及び被告の主張)

一  請求原因第一項は認める。

二、請求原因第二項の1のうち原告会社が原告主張のころ倒産し、営業活動を停止したことは認めるが、本件事業年度中原告会社の資産及び収益が皆無であつた事実は否認する。その余の事実は知らない。

1 会社が倒産し、営業活動を停止したからといつて直ちにその会社に収益発生の余地がないとはいえない。なぜなら法人税法上課税対象となる所得は各事業年度の総益金から総損金を控除した額であつて会社の本来の営業活動による収益に限られないのである。

現に原告会社は第二会社である有限会社山崎鉄工所に機械類を賃貸しその賃貸料として本件事業年度中に九二万九〇五九円を得ていたのである。

仮にこれが誤りであるとしても、原告会社が確定申告書に添付した損益計算書には賃貸料として九二万九〇二九円が計上されており、被告はこれに基いて原告の所得を認定したのであるからその誤りは明白とはいえない。

2 被告が原告に収益があると認めたのは原告自身の確定申告を是認したものに過ぎない。すなわち、原告は本件事業年度の確定申告において前期繰越損失九三三万三一一六円に当期利益金七一万八九一九円を加減し所得金額を欠損八六一万四一九七円と申告していた。被告は当期利益金は原告の申告額を是認したが、青色申告法人でない原告会社には損金の繰越控除を認めた法人税第九条第五項を適用できないので繰越損金額を否認し、この他原告会社が簿外で支払つていた法人税二一万三七二七円、市町村民税二万六三二七円相当の簿外の収益があるものと認定してこれを所得金額に加算し、所得金額を九五万八九七三円とする更正決定をしたのである。

三  請求原因第二項の2のうち、原告会社が訴外有限会社山崎鉄工所からの受入金を帳簿上賃貸料として計上したこと、及び訴外会社が原告会社の第二会社のであることは認めるがその余の事実は否認する。

1 昭和二五年九月二五日付国税庁長官通達「法人税取扱通達」第二四七号は「法人の資産整理に当つてなされた重役その他の私財提供(債務免除を含む)又は銀行の預金切捨による益金であつて法第九条第五項の規定の適用をうけない繰越欠損金(欠損金と積立金を併有する場合はその相殺残額)の補てんに充当した部分の金額は課税しない。」と規定しているが原告は資産整理の事実もなく、帳簿上欠損補てんの表示もないのであるから、原告が私財提供として課税しない取扱いをしなかつたのは当然である。

2 原告が確定申告書に添付した決算書には訴外会社からの受入金(但し決算書類上は九二万九〇二九円)は賃貸料として利益金に計上されており、被告はこれに基いて原告の課税標準を認定したのであるから、被告の認定に重大・明白なかしはない。

四  請求原因第二項の3のうち本件更正決定通知書に事業年度の始期として「昭和三〇年四月一日」と記載したことは認めるがその余の主張は争う。被告が本件更正決定通知書に「昭和三〇年四月一日」と記載したのは、「昭和三〇年三月一日」と記載すべきものを誤記したものであつて、かかる誤記は極めて軽微なかしであつて処分の効力に影響を及ぼすものではない。

第三、証拠関係

原告

甲第一、二号証、第三号証の一、二、第四ないし七号証、第八号証の一ないし一一、第九号証の一ないし四、第一〇号証の一ないし三、第一二号証の一ないし六、第一三号証の一ないし七、第一四、一五号証、第一六号証の一、二を提出。証人藤本徳松、同高野鉄雄、同山崎林兵衛の各証言を援用。乙第一ないし八号証の成立は認める、乙第九号証は原本の存在及び成立は知らない。乙第一〇号証の成立は知らない。

被告

乙第一ないし一〇号証を提出。

証人相楽寛治の証言を援用。

甲号各証の成立は認める。

理由

一、請求原因第一項については当事者間に争いがない。

二、(請求原因第二項の1の主張について)

原告会社が原告主張のころ倒産しその営業を停止したことについては当事者間に争いがない。

成立に争いのない甲第三号証の一、二、証人藤本徳松、同高野鉄雄の各証言及び本件弁論の全趣旨を総合すると次のような事実を認めることができる。

原告会社は昭和二九年一〇月一五日ごろ支払手形を不渡りとして事実上倒産したので原告会社の債権者は債権者集会を開催し、訴外輸出機械製造家協同組合など一一名の委員を選任し、債権者委員会が原告会社を管理していた。

債権者委員会は原告会社の資産が外部に持ち去られることを防止するため、その工場の出入口を閉鎖し、原告会社はその営業を停止した。これにより先、原告会社は国税府税、健康保険料等の滞納のためその機械器具等に差押処分を受けており、その支払いをしない時は公売処分を受けており、その支払いをしない時は公売処分を受ける危険があり、公売処分によりこれらの物件が売却されてしまうと原告会社の再建はもとより、旧債務の支払いも困難な状況であつた。そこで原告会社はその第二会社として訴外有限会社山崎鉄工所を設立し、右訴外会社において原告会社の工場設備を利用して原告会社の従来の営業を再開し、訴外会社が原告会社にその工場設備の賃貸料を支払い、その賃貸料で先ず優先的に滞納国税、府税、健康保健料などを支払いこれによつて公売処分を回避することにし本件事業年度中に訴外会社は原告会社に九二万九〇五九円を支払い、原告会社はこれで右滞納国税等を支払つた(なお現実には、右滞納税等は訴外会社が直接に支払つているがこのことは右認定の妨げとはならない)。右認定に反する証人山崎林兵衛の証言は信用できない。

そうすると、原告会社は訴外会社から賃貸料の支払いをうけ収益を挙げていたものというべきである。

原告は訴外会社の支払つた金員は原告の決算書類上は誤つて賃貸料として計上されているが、その実質は賃貸料ではないと主張するが右金員は訴外会社が原告会社の工場設備の使用の対価として支払われたものであること前記認定のとおりであり、単に原告会社の決算書に賃貸料として記載されているだけでなく、前記甲第三号証の一、二によれば原告会社の債権者集会及び委員会においてもこれを賃貸料として取扱つており(昭和三〇年六月一四日開催原告会社第七回債権者委員会決議録には「山崎造機械株式会社の滞納国税及課金の支払は有限会社山崎鉄工所が家屋機械の賃借契約に基き山崎造機械株式会社に対し支払したるものをそのまゝ支払に充当している旨の報告があり……」との記載があり、昭和三三年七月四日開催の債権者集会議事録には「有限会社山崎鉄工所の山崎造機に対する機械の使用料(債権者の配当金)が全額利益として取扱われ……」との記載がある)他にこれが賃貸料でないことを認めるに足る証拠がないから原告の主張は採用できない。

なお原告会社が事実上倒産しその営業を停止していたことは前記認定のとおりであり、右賃貸料も原告会社の本来の営業活動から生じたものではないけれども、法人の各事業年度の所得とは各事業年度の総益金から総損金を控除した金額をいう(法人税法第九条第一項)のであつて、その会社の本来の営業活動から生じた収益に限られないのである(法人税法は清算中の法人の事業所得の発生を予想しその課税について規定している。法人税法第二二条の二参照)。結局原告の請求原因第二項の1の主張は採用できない。

三、(請求原因第二項の2の主張について)

原告会社が訴外有限会社山崎鉄工所から受入金額を原告会社の帳簿上賃貸料として計上したこと、訴外会社が原告会社の第二会社であることについては当事者間に争いがない。

原告会社が訴外会社から受取つた金員は、訴外会社が原告会社の工場設備を使用する対価として支払われたものであること前記認定のとおりである。

そして右金員が工場設備の賃貸料である以上、原告主張のような「私財提供益」或いは「負担附贈与」であり得ないことは明白であり、原告の主張はその余の点について判断するまでもなく失当である。

原告の請求原因第二項の2の主張は採用できない。

四、(請求原因第二項の3の主張について)

被告が昭和三一年九月一〇日附でなした本件更正決定通知書には事業年度の始期として「昭和三〇年四月一日」と記載されていたことについては当事者間に争いがなく、右記載が「昭和三〇年三月一日」の誤記であることは被告の自認するところである。

ところで本件更正決定は原告会社の昭和三〇年三月一日から昭和三一年二月二九日までの事業年度分法人税について原告が前期繰越損失九三三万三一一六円、当期利益金七一万八九一九円所得金額欠損八六一万四一九七円と確定申告したのに対してなされたものであり、原告会社は昭和三〇年三月一日から昭和三一年二月二九日までを一事業年度としていたものであるから、本件更正決定通知書に事業年度の始期が「昭和三〇年四月一日」と記載されていたとしても一般人がこれをみれば右「昭和三〇年四月一日」という記載が「昭和三〇年三月一日」の誤記であり、本件更正決定が昭和三〇年三月一日から昭和三一年二月二九日までの事業年度についてなされたものであることを十分了知しえたものと認められる。

そうであるとすれば、本件更正決定通知書の事業年度の始期の誤記は本件更正決定の効力に影響を及ぼさないものというべきである。

原告の請求原因第二項の3の主張も又採用できない。

五、(結論)

以上のとおりであつて原告の本訴請求はその理由がないからこれを棄却すべきであり、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 山内敏彦 裁判官 平田孝 裁判官 小田健司)

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